雪見酒紀行2009
***目次***
1.出発まで
2.駅前食堂おさない
3.函館自由市場
4.函館山・元町
5.わいどの家
6.佐井からフェリー
7.青森の居酒屋
8.高田食堂再訪
9.石川旅館
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1.出発まで 北国から雪の便りを聞くと旅に出たくなる。今年は1月27日の夜行列車で、北へ向かうことにした。午後八時に上野駅に着く。列車の発車時刻からすれば、大幅に早過ぎるけれど、これはいつものように界隈で一杯やるためで、出発前の儀式に近いように定式化している。 夜中に数度目を覚ますが特筆すべきこともなし。海側の個室ならば、暗闇の中で磯に打ち寄せる白波が見えたりするが、山側だったのでそんなこともなかった。 | ||||||||
秋田の少し手前ではっきり目覚め、間もなく車内放送も開始される。秋田駅では駅弁を販売しているし、車内販売も開始された。これで朝飯、朝酒の趣向も可能だが、やめておく。別に宿酔だったわけではなく、青森の駅前食堂に期待したためだ。 | ||||||||
東能代から続いた山間の鉄路も、大鰐温泉を過ぎて間もなく、津軽平野へと出て行く。弘前着9時19分、そして終着青森は定刻の9時16分だった。
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3.函館自由市場
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雰囲気は青森の朝市によく似ている。地方都市の食料品関係市場ならば、これが典型的なのかもしれない。2時少し前という時刻のせいか、場内は閑散として、売り手の方も、手持ちぶさたあるいは一服休憩時間と云った感じで、のんびりしている。 | ||||||||
振り出しに戻り、先ほどのオカミサンとホッキ貝の交渉をする。一皿千円は高価すぎることはないものの量として一人には多過ぎる。ばら売りになんの問題もなく一つ250円で済んだ。
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再出発して、函館山、元町地区へ向かった。市電が駅前と、目指す地区の入り口とも云える十字街を結んでいる。しかし時刻が早い上、距離は大したこともなく、運動不足解消と街見物を兼ねて、徒歩で移動した。十字街に着いたのは2時40分だった。 | ||||||||
領事館の建物は1913年(大正二年)竣工の、格式高い建物ながら、樹木などが障害になり写真には撮りにくい。しかし喫茶室があることに気付き、中へ入った。何となく英国式の旨い紅茶が飲めそうな気がしたのだ。 | ||||||||
元町公園から望む函館港と函館ドック。街灯の左側に小さく見える秀峰は駒ヶ岳。 | ||||||||
旧公会堂前の道を南東へ辿る。観光客相手の飲食店や土産物屋が多く、旧い建物を利用した店は
それなりに雰囲気がある。しかし一軒だけ中を覗いてみると、俗悪ではないものの陳腐な土産物ばかりだった。 | ||||||||
とっぷり暮れるのを待って、5時過ぎに宿を出た。ちなみにこの日の函館は、日没4時47分だった。 | ||||||||
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函館山々頂からの夜景。 | ||||||||
こちらも中国語に席巻されているのは同じだ。夜景を撮影するには手摺りのところまで辿り着かなければならないが、それにも多少手間取った。暗いから1秒のスローシャッターを切らねばならず、手ぶれを防止するために、手摺りの鉄パイプにカメラを押し付けるようにして撮影する。ところがこと鉄パイプを素手でゴンゴン叩く輩がいて、共振したパイプは、ブルブルと震える。迷惑な話だが、それほどのマナー違反とは云えず、そして「抗議するならば中国語?」と考えればひるんでしま
う。 | ||||||||
十字街から駅前は再び市電を利用し、その足で徒歩5分の大門横丁へ向かった。昨年も飲んだところだ。狭い横丁内を一回りし、結局同じヤマタイチの暖簾をくぐった。 |