5.大函フェリー

  26日は薄曇りで風もなく、零下3℃にしては寒さを感じない。フェリー・ターミナルへの連絡バスに乗る前に、函館駅で缶酒三個を買う。今日の行程は(多少無理をしない限り)乗り継ぎなどを利用した昼飯の時間がなく、バスか列車の中で、酒だけでも飲もうという魂胆だ。ツマミは持参している。
  昼酒の準備ができたのでフェリー・ターミナルへ向かう。乗客は他にいない。この時期に車も使わないのに函館から大間に向かうのはよほどの物好きか変人だけなのだろう。

 大間から到着した「ばあゆ」。鞄を持って先を行く人は乗組員(?)
 

 フェリーは函館から大間を1時間40分で連絡し、料金は1270円だ。高速船ではなく距離も短いことからナッチャン・レラに較べると四分の一ぐらいの割安さだ。
  9時10分前に大間からフェリーボート「ばあゆ」が到着する。ターミナルビルの搭乗連絡口を見ると、五、六人の男が鞄を脇に置いて待っている。この路線になれている乗客かと思い、彼等の後に並んだ。間もなく掃除のオバサン三人も、道具を携えて待機する。
  着岸作業が完了し、船首部分が持ち上がって車輌送稿用のゲートが船から岩壁へ下ろされる。オバサン達は小走りに船内に消え、鞄を持った男達もぞろぞろ乗り込んでゆく。続いて乗船しようとしたら船員に「お客さんはまだですよ」と遮られた。男達は関係者なのか?

 左上:船室。日本のフェリーボートとしてはごく標準的。右上:遠ざかる函館フェリー・ターミナル。左下:大間港。右下:大間港で見かけた巨大構造物。魚礁だろうか?
 

  9時15分に館内放送が流れ、搭乗が開始される。船首から船腹に入り、狭い鉄製の階段を登って船室へ向かう。ナッチャン・レラがエスカレーター(や多分エレベーターも)備えていたのとは大違いで、車椅子での利用は最初から度外視しているのだろう。
  荷物を喫茶コーナーに置き、デッキへ出てみた。気温は0℃だが、日射しが暖かい。出港作業を見届け、しばらく表にいたけれど、船が速度を上げると次第に海風が身に染みるようになり船内に引っ込んだ。
  昨日は風が強く、一万トンの巨船でもうねりによって僅かながらローリングしていたが、今日はごく穏やかな航海で、千五百トンでも揺れを感じない。次第に遠ざかる函館を眺め、それに飽きると「小林秀雄の恵み」の続きを読む。良い本に巡り会ったものだ。
  1時間40分の航海は、退屈するほど長くはなく、何となく船旅をしたような気分になるには充分で、気持ち良く大間港に上陸することができた。函館の連絡バスに唯一人で乗車したときから予想されていたことだが、此処から下北駅までバスで行くのも、また一人だけだ。
  根田内のバス停で待っていると、地元のオジサンが現れ、時刻表を見ながら「よく遅れるから. . . .」みたいなことを下北弁で呟いた。幸いそんなこともなく定刻11時53分にバスがやってくる。車内には既に十人ほどの乗客がいた。

6.下北交通 佐井線
  本州最北端の大間が終・始点かと思っていたが、バスは12キロほど離れた、下北半島西岸の漁村佐井から30分ほどかけて到着し、さらに2時間を要してむつ市(終点は下北駅)に至、長距離(実は時間の割に距離はない)路線なのだ。

左上:大間崎。背後に弁天島の灯台。遙か彼方にうっすらと渡島半島。右上:蛇浦付近。
左下:桑畑付近。右下:下風呂温泉。
 

  バスは北へ向かい、大間の集落に入る。小さな村なのですぐ抜け間もなく「大間崎」の標識が駐車場と簡易レストエリアを備えたような所に立っている。辺りに人影はないが、夏などになればそこそこ賑わうのだろう。渡島半島が彼方に霞んで見える。
  バスは方向を転じて南下を始めた。海(津軽海峡・太平洋)沿の国道279号線だ。観光シーズンは当然はずれているが、寒々とした岩浜に波の打ち寄せる情景は見飽きないし、路線バスの行くままに身を任せ、次の展開が全く読めないのもかえって楽しい。
  変化はあっても一貫してうら寂しい眺めが半時間ほど続き、突然海沿いの僅かな平地に、8階建てのビルなどが蝟集する集落が見えてくる。下風呂温泉だった。室町時代から湯治場として名高かったという。八戸から車で3時間、あるいは青森から列車、バスを乗り継いで4時間かかる不便さを考えれば、異常とも思える賑わいで、温泉ホテルから民宿まで、約二十軒の宿が軒を連ねるようにしてある。
  下風呂を過ぎて半時間すると大畑の町に入り、程なく大畑駅前で停車した。かつては下北交通が運営するローカル鉄道が下北駅とを結んでいた終点で、駅舎は今もバス待合室として利用されている。ちなみにこの路線は第二次大戦前に策定された時点では、大間まで繋ぐ計画だったらしい。 鉄道こそ国家の動脈であるとの意識が、揺るぎのないものだったのだろうとの感慨が湧き上がる。

 
 佐井車庫→下北駅の路線バス。大畑駅にて。
 
 大湊から下北に到着した列車。

大畑駅で高校生が大勢乗車し、ほぼ満員になる。乗降はあったがこの満員状態はむつバス・ターミナルまで続き、ここから先、下北駅まで行ったのは私を含めて三人だけだった。根田内からの運賃は1,990円。二千円を料金箱に入れ、10円は下北交通にカンパする。
  下北駅で鷹ノ巣までの切符3,570円を買う。この日は青森泊まりだが、途中下車すればよいし、続けて買った方が幾分安くなる。そう考えていたが、執筆にあたり調べると、逆に60円高かった。理由は良く判らない。
  2時2分に下り列車が到着し、二十人ほどが下車した。この列車が折り返し青森行きになり、3時18分に来る。二両編成の車内に空席はほとんどなく、下北から乗車したおよそ三十人を加えれば、かなりの混雑だ。窓際に席が取れずにこの状況ではとても缶酒など飲む雰囲気ではない。大湊までの切符を買って折り返してくればよかったと思うが、手遅れだ。
  3時15分に野辺地に着くと、ほとんどの人が降車し、ボックスシートを一人で占有できる。青森まではまだ一時間以上あり、缶酒三個を飲むには充分だが、今飲んでしまうと夜に影響が残ることを考え我慢した。青森駅前の東横イン青森駅前正面口にチェックインしたのは4時半。ロビーの無料インターネット・アクセスポイントを利用し、今宵の飲み場所をフロントで貰った市街平面図に書き込む。

7.青森の居酒屋

  青森の居酒屋に関しても、旅立つ前にあらかじめ調査した。学生時代からの知人で、青森市在住のジャーナリストHさんに、メールで問い合わせたところ、丁寧な返信で  ―― メールに気付かずにいて、慌てました。 結論から言いますと 居酒屋には詳しくないのでお役に立てそうにありません。 ――  と始まりながらも、周囲の同僚に尋ねて数軒を短評着きで紹介してくれた。この住所を「goo 地図」で探し、市街平面図に書き写したのだ。
  6時に宿を出て、徒歩3分の居酒屋「ふく郎」へ行く。Hさん推薦の中で最寄りだし短評が「うまいという人がいます」も気に入った。

 田酒一合壜。
 

  店にはいると、先客は誰もいない。八席ほどのカウンターがあり、奥の方には座敷もあるらしい。落ち着いて居酒屋としては品のよい店だ。
  まず「お酒、常温、冷や」と注文すると、女将(というか、此処を経営する夫婦のカミサン)が「うちのお酒は全部冷やしてあるんですが. . . .」と云う。「いわゆる冷酒でなければよいので」と付け加えると、当惑したような表情が浮かぶ。オヤジが助け船を出すような「一升瓶から注ぐ奴で」一言で了解、銘柄を訊かれ青森の地酒田酒でんしゅ を指定した 。カミサンは冷蔵庫から酒を取り出しながら、ばつが悪そうに「この銘柄は小瓶になってしまうんですが」とカウンターに置いた。「開封した酒はその日のうちに飲みきって欲しい」という醸造元の思い入れからこのようになっているらしい。
  冷や酒とお通しで飲み始め、壁に貼ってある品書きを眺める。地元中心の品揃えを心掛けているようだ。「海峡のソイ刺身」と「深浦のもずく」を頼んだ。深浦は五能線沿線の古い港町で、北前船で栄えた時期もあり、かつて一泊したこともある。だからもずくが旨いとは思わないけれど、何となく郷愁に駆られて注文。
  しばらくして中年男が一人訪れ、カウンター席に坐った。出張 先での居酒屋巡りを楽しんでいるような感じだ。二品頼みビールから酒、さらに二品と銘柄を替えて酒を二種。一時間足らずでそそくさと出ていった。何軒か梯子するのだろう。こちらも勘定にする。酒三合とツマミ二種で3,540円。
  次はこれも宿から徒歩3分の「ゆうぎり」を目指す。Hさん短評は「汚いがおいしいという人がいました」で、好奇心をそそられる。大体の見当で接近し、いい加減のところで
市街平面図を取り出した。ところが面妖なことに、ボールペンで書き込んだマークがすべて消えている。仕方ないのでゆうぎりに電話して道順を教えて貰う。
  ちなみにこの「怪談」は、翌日列車の中でなかば暇潰しに
平面図を見直してあっさり氷解した。裏表に同じ図が印刷され、片側にはコンビニや観光スポット、反対側には食事処・酒所などが印刷されている。平面図を裏返せばよかったものを、単純な思いこみで図は片側のみと決めていたお粗末だった。
  ゆうぎりは一風変わった店だが汚くはない。宴会場があり、ここで供される大量?の食べ物を厨房で(板前ではなく)オバチャン三人が甲斐甲斐しくさばいてゆく。この部屋が低めのカウンター一つで仕切られ、飲み食いもできるので、此処に座った客は身内か関係者のような気分で飲食するばかりか、料理や素材の品定めもできる、楽しい店だ。だいぶ酩酊していたので、何をツマミにしたか定かではないが、旨かったような記憶だけがある。最後はじゃっぱ汁で締めた。酒四杯を干し、(決まり事らしい)イカの一夜干しを土産に貰い、勘定は3,780円だった。

8.阿仁合 高田食堂」へ