伊良部島

 カーフェリー。
 
 高速船。
 
 カーフェリーの後部デッキ。
 
 佐良浜港。
 
民宿カテラ荘。
 

昨夕は居酒屋真神まかん一軒で軽く終わらせたのが良かったのか、沖縄に来てから初めて起床時に酒の名残がない。10時を廻ってチェックアウトし、フェリーボートを利用するために平良港へ向かった。 徒歩10分でターミナルビルに着く。
  伊良部島は宮古島の西方約5キロに位置し、佐良浜港と平良港の間が宮古フェリーとはやて海運の二社が運行する、カーフェリーと高速船によって結ばれている。車と共に渡るのでなければ所用時間が半分以下の高速船を利用するのが一般的な判断だけれど、急ぐ旅ではないことと、それ以上に航海そのものを楽しみたく思いカーフェリーを利用した。高速船は船室に缶詰状態で渡航する。
  ターミナルビルで、はやて海運の片道360円切符三枚を購入すると、売り場のオバサンは「10時半の便はすぐに出るからいそぐように」という。時計を見るとなるほど3分ほどの余裕しかないが、船が着岸しているのは突堤の先端だ。通常まずいない車なしの利用者が配慮されないのも致し方ないと、とにかく足を急がせる。
  乗船して真っ直ぐ後部デッキに行く。居場所を定めるのと船が動き出すのはほとんど同時だった。ターミナルビルの方からも一隻出航してくる。宮古フェリーの高速船で、白波を蹴立てて軽快に洋上を滑り、あれよという間に追い越していった。図体の大きいカーフェリーは防波堤 を出るまで、ことさら慎重に進む。
 船が速度を上げるにつれ、肌に感ずる風は強くなる。薄い雲が空全体にかかっているものの日射しは強く、周囲の景色が輝いて見える。群青色の白く航跡を引きながら進んで行くのを眺めていると、かつてエーゲ海のキクラデス諸島をフェリーで彷徨った日々がよみがえる。
  前方の伊良部島がその姿を次第に拡大し、佐良浜港がはっきり見えてくると船は減速した。25分間の航海で島に上陸する。ほとんどの乗客は船底の車で去り、ただ一組徒歩で下船したグループも、迎えの車に乗車していった。駐車場の管理人に訊くと100メートルほど先の高速船乗り場で、タクシーが客待ちしているらしい。
 

 ホテルサウスアイランド。
 
 渡口の浜。
 

民宿カテラ荘

多少余計に歩かされたものの、後は順調に行く。話し好きのタクシー運転手が独演する「伊良部・下地案内談」を楽しみながら、島中央部の丘を越え、サトウキビ畑の間を走って西の伊良部地区へ。Tが旧知の民宿カテラ荘に落ち着いたのは11時ちょっと過ぎだった。他に泊まり客もなく、部屋は二階の角、121号室と123号室を利用。二方向に窓があり、風の吹き抜ける快適な部屋だ。
   観光にあまり熱意のない我がグループは「それでは昼飯(酒)でも」ということになる。女将に尋ねると、幸い至近の距離にあるらしい。ぶらぶら歩いて行くと、3分も掛からないところにホテルサウスアイランドがあった。一階はスーパーマーケット、二階にフロントと喫茶、レストラン、三、四階が客室の構成だ。
  20席程度のレストランに客はなく、南東側の全面ガラス張り窓際に席を占めた。地元「宮の華」(宿から300メートルの所にある)の泡盛、八重干瀬(銘柄)をオンザロック、そして 野菜炒など数種を食事兼つまみとして、豊かな気分で昼酒を開始する。
  数人の食事客が現れたものの、ほとんど独占状態を維持し、二時間近くを此処で過ごした。 ほろ酔い機嫌も腹加減もともに満足な状態で「昼間から過ごしてもなるまい」と席を立つ。勘定は野菜炒500円、もずく300円、冷や奴300円、生ビール4杯2,000円、泡盛6杯2,400円と安価だ。そのまま散策気分で渡口の浜へ 行く。
  白い砂浜が400メートルほど続いている。Tが初めて此処を訪れた十年ほど前はその倍くらいあり、人っ子一人いなかったらしい。今はシャワー設備や、レジャー用品のレンタル・販売と飲料などを購入できる売店なども整備され、浜には人影がある。しかし400メートルの浜に十数人は「過疎状態」に近く、首都圏近くの海水浴場では想像することさえ難しいような状態だ。
  ほろ酔い機嫌のせいもあってか、しばし陶然としてこの風景を眺め、突堤の先まで歩んで美しい珊瑚礁の海底に見入った。10分ほどこの状態を楽しんで宿へ戻る。渡口の浜を楽しむ時間は充分残されている。明日一日、そして気が向けばもう一日居たって構わないのだ。


次なる行き先を求めて ――  多良間島

宿へ着き、日射しが弱まるまで取り敢えず「解散」して各自適当に時を過ごす。風が充分に通り抜けても暑く、かといって締め切って空調しても充分冷えないのが辛い。独りであることを幸いに、裸同然でこれに対処し、しばしの昼寝と、そして紀行文推敲に励んだ。
  これにも飽きると夕方 までの時間潰しに、まだ予定の定まらぬ7月6日のことを考えた。今更石垣島などは億劫だし、伊良部か宮古でもう一泊するのも芸がない。沖縄本島へ戻るのは、宮古、伊良部ですっかり神経を弛緩させきった者にとっていささかせわしなく感じられる。 なにか「めっけ物」でもないかと、ガイドブックやレンタカー営業所で貰った観光パンフレットを捲るうちに、多良間なる島の存在に気付いた。宮古島全島地図に含まれ、平良港からフェリーで2時間半の所らしい。いずこにあるのだろうか?
  ガイドブックには全く手がかりがなく、あれこれ探すうちにJALの時刻表から、プロペラ機で石垣島から25分、宮古島から20分で行けることが判った。両島のほぼ中間に位置するのか。2時間半の船旅ならば手頃な長さに思われた。
  観光パンフレットの資料から平良港の多良間海運に電話し、毎日往復する便が就航し、平良港を10時に出航すること、多良間島での宿泊問い合わせ先などの情報を入手した。次いでともかく宿泊予約だけ抑える。
       
※帰宅後調べたところでは、多良間島は宮古島の西方65キロに位置する。  

 

 宮の華酒造所でTと洋子杜氏。
 

宮の華
   4時半を廻って、心なしか日射しに黄昏の色が混じり、炎暑も盛りを過ぎたようだ。Tに随行して目と鼻の先にある酒造所、宮の華を訪う。この酒造所はTの友人、S氏の三兄、盛良氏がその品質を磨き上げた。惜しくも氏は逝去されたが、夫人の洋子氏がその跡を継ぎ、さらなる良品を産出すべく心血を注いでおられる。
  表敬訪問は盛良氏御霊前への焼香を含めても短時間で終了したけれど、泡盛の生産現場を垣間見ることが出来たのは貴重な体験であった。
  帰途Tの口から盛良氏にまつわる思い出話などがポツリポツリ語られる。そもそもTと伊良部島の縁も、S氏が彼の出身地であるこの島に誘い、盛良氏を始め土地の方々に暖かく歓迎されたことに端を発する。渡口の浜で行われたバーベキューパーティーやオトーリ(宮古島の酒席における慣習:一つのグラスを使用し、口上と飲み干しを巡回させる)など、昔を今に返すすべもないが、聞くだけで心温まるエピソードだ。
  宿へ戻り着き、自転車を拝借して渡口の浜を再訪する。 宿に三台しかない自転車だけれど、他に宿泊者も居ないため独占的に使用することが出来る。車の往来がほとんどないから、久しぶりに乗る自転車でも、のんびりリラックスして走ることが出来た。

 黄昏れる渡口の浜。05/07/04 18:18 14 mm F4 1/4000sec
 
 カテラ荘の夕食。

先程は浜の北側からアプローチしたが、自転車で道なりに行くと浜の南端に出た。ちなみに以前はこの地点が中間点で、浜の全長は800メートル以上あったらしい。潮流の変化などにより、砂が流されてしまったのだろうか。
  夕方の渚は先程より多少ながら波が高くなり、人影は一段と少なくなっている。傾き始めた夕日が波と戯れる女の子をシルエットにして浮かび上がらせていた。
  宿へ戻ってほどなく夕食になる。泡盛をボトルで所望すると、―― 宮の華の一升瓶 ―― で良いか訊かれた。二泊するのだからとつい調子に乗って「一升瓶でも、二升瓶でも」とつまらぬ軽口を叩いてしまった。
  食事は豪華ではないものの、バランス良くそして美味だった。貸し切り状態の食堂で、気の置けないもの同士の夕食は、穏やかながらも心地よく進行し、宮の華をほぼ半分空にして終了した。昼間ホテルサウスアイランドで見た、伊良部の観光案内地図によれば近所に「飲み屋街」もあるはずだ。しかし私もTも外出して飲むことを好まなくなっている。まして伊良部の飲み屋街には全く食指が動かず、そのまま部屋へ引き取った。
 

渡口の浜

7月5日も相変わらず「晴れてはいるが薄い巻積雲が漂う」天気だ。朝食の時にTと顔を合わせると、―― 今朝、宿の廻りを散歩していたら、ご亭主と顔を合わせ、軽自動車を適当に使用して良いといわれた ―― という。「宮の華」の知己ということで、特別待遇を受けたようだ。

 ビーチには一番乗りだった。
 
 レンタル料金表。  T夫人。

浜で泳ぐのはのんびり9時半からにする。出がけに一階にある公衆電話から飛行機の予約を取った。フリーダイアルは携帯電話から繋がらなかったためだけれど、この電話中に突然驟雨に見舞われた。かなり強い降りだから、徒歩で出掛けていたならばずぶ濡れになるところだった。舗装に白く砕ける雨脚を半ば呆然と眺める。
  雨で多少出発が遅れたものの、7日の多良間島から宮古行き予約も取れたし、幾分涼しくなって快適に出掛ける。徒歩、自転車、など考えたが、結局亭主の好意に甘えて軽自動車を利用させて貰う。浜までは3分だ。
  浜の入り口で「伊島観光サービス」が店を開いている。先客は六十過ぎの夫婦とその娘で、シュノーケルセットなどをあれこれ品定めしている。対応していた店の姉さんは、こちらの方は簡単に済むと見定めたのか、彼等を待たして、パラソル、デッキチェアー、ウキマット、ライフジャケットを貸し出してくれた。前払いだけれど、保証金などは必要ない。
  ゆっくり出てきたつもりであったが、それでも浜には一番乗りだった。珊瑚の風化したという浜の砂は細かく、そして足当たりが柔らかい。入り口から100メートルほどいったところに、パラソルなどをセットしてベースにする。Tはすぐに泳ぎ始め、それを追うようにして海中に入った。水温はかなり高いけれど、のんびり水中で過ごすにはちょうど良い。しかし久方ぶりの泳ぎは重く、おまけに波に翻弄されるためライフジャケットを着けて出直すことにした。
  ライフジャケットの浮力に身を任せ、仰向けになって足で適当に水を蹴りながら移動する。いたって安直で、若い頃ならば物足りなく感じたかもしれないが、今はこれで充分だ。Tもウキマット方式に切り替えて波間を漂う。
  先客グループはダイビングポイントへでも行ったのか姿を現さず、若いカップル、(Tが訊いたところでは京都から来た)若い女の子二人と我がグループだけで、それ以上浜に人は増えない。半時間ほどしてTが生ビールのジョッキを携えて戻ってきた。以前彼が来た時は店はおろか屋台もなかったらしい。それも無垢で良いけれど、一泳ぎした後の浜辺で飲み干すビールも捨てがたいものがある。
  一時間ほどで浜遊びを切り上げる。少年時代であれば、一日でも倦むことを知らなかったが、今はこの程度で堪能した気分だ。いったん宿へ戻り、着替えてから昨日と同じホテルサウスアイランドへ昼飯(酒)に出掛ける。
  相変わらず空いているレストランでのんびり過ごしていると、ロビーの向こうにある喫茶室に、水商売風のオバサンが(客として)出入りするのが見えた。ふと気がついたのは入り口脇に「18歳未満お断り」の注意書き。喫茶室にこれは珍しい。しかしこの後訪れた多良間島のカラオケボックスには「18歳未満は保護者同伴」と記されていたから、宮古地方の少年少女は不自由な生活を強いられているのかもしれない。

ホテル下のスーパーマーケットで香取線香のジャンボ缶を持っておどけるT。ちなみにこの線香は通常の1.5倍ほど長い。インターネット通販では1,029円が安値であったが、この店では837円で売っていた。
 
 下地島空港。この日ジャンボ機はいなかった。
 
 通り池。地上から見ても面白くない。
 
 二泊目の夕食。
 

二時間ほど昼酒を楽しんだ。帰途Tが「この先におでん屋があるのを知ってるか?」という。朝の散歩中に見付けたらしい。真ん前まで行って「コレだ」と指され、見落として当然と思った。道に面してこそいるが、飲み屋らしいところはさっぱりない小屋がサトウキビ畑に割り込んだように建ち、ドアの脇に打ち付けられた板にオデンと手書きされていることでかろうじて判る。一昨日の味1番といい、宮古には風変わりな飲み屋が多いのだろうか。ともかく此処で飲んでみたいとは思わない。
  シェスタ(?)で、暑気が静まるのを待ち、4時半を廻って島一周に出掛ける。一周約20キロは自転車で廻れるとしても、暑さにそのような気力は根こそぎ奪われ、軽自動車を有り難く拝借してのドライブとなった。
  最初に渡口の浜を再訪し、しばらく散歩。北へ向かい県道90号線で川としか見えない海峡を、橋で下地島へ渡る。道なりに行くと下地島空港にぶつかった。この飛行場はジェットパイロットの訓練用として89年から供用開始され、一時期は南西航空により一般旅客にも利用されていたらしい。
  現在は訓練専用になり、ジャンボ機がタッチアンドゴーを繰り返すのを間近に見るのはかなり面白いらしいが、残念ながらこの日は訓練終了後だった。ちなみにこの空港を管理しているのは沖縄県で、ANAやJALが自社の飛行機を持ち込んで訓練に使用するらしい。従って見る 日により機種が変わっている可能性も充分ある。
  空港を後にして下地島の西部にある通り池へ移動する。この池は地下で海と繋がり、「淡水と海水の水質、温度差が作り出すサーモクラインと呼ばれる水中の現象」が素晴らしいらしいが、これを見ることが出来るのはダイバーだけの特権で、地上から見ていると単なる水溜まりに過ぎない。
  伊良部島へ引き返して佐和田の浜。この浜は96年、日本の渚・100選(運輸省がやったらしい)に認定されたとのことだが、これも陸上から見る限りでは魅力に乏しいところだった。
  北上して白鳥崎しらとりざき、海沿いに東南東へ下ってフナウサギバナタなどに展望 台が設けられているがパスして周回を続ける。佐良浜漁港から宿へ戻るつもりが、いつの間にか道を間違え県道90号線を走る。しかしそれもちょっとしたブレみたいなもので、7時前に無事帰着。
  車を返す前にガソリンを満タンにするが礼儀かとTに訊いたが、スタートした時点が満タンで、それからの走行が十数キロでは、ほとんど追加の余地がなさそうだ。
  この日も同宿者はなく、昨晩同様の寛いだ晩餐となった。宮の華も上手い具合に過不足を感じることなく空になった。

多良間島へ向けて

7月6日も、相変わらずの晴れてはいるが、うっすらと巻積雲が流れる空だった。多良間島へのフェリーが出る時刻から逆算して、8時半の出発をあらかじめ伝えると、宿の主が佐良浜漁港まで送ってくれるという。タクシーの利用を予定していたが「遠慮しないで」の言葉に甘えることにする。
  二泊三人の料金は締めて29,000円だった。宮の華の一升瓶を含み、さらには一日軽自動車を提供されてのことだから格安といえよう。改めてオカミサンに礼を述べ宿を出発する。

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